影の住所

さて、誠にシツコイ話で恐縮ですが、京都市の住所表記の怪、あの長ったらしい「○○通り上る下がる」に関する続報です。

前回書きましたが、明治の御代に全国の政令指定都市に区制が布かれたとき、お上に逆らって京都だけが町名変更せず、同一区内に同一町名が複数存在することになったのが「○○通り上る下がる」が生まれた理由とか。

なので、そんな長ったらしくてメンドクサイ住所表記も、見方を変えれば京都の住人が長い歴史の中で培った町名に対するプライドの成せる技という面も。

歴史の京都、「なるほどね」って納得しそうですが、そうとばかりも言えない様で。

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京都に宿替えする前、まだオリンピック逃避行で京町家に長期滞在していた去年の夏、賀茂川が氾濫するぐらいの大雨が降ったことがありました。

あちこちの道路が冠水したり、東山では崖崩れが起こったり。その時に流れて来る警報とか避難指示とかのニュースを見て驚きました。

「東山区の"清水学区"で崖崩れの恐れ。避難して下さい!」「右京区"花園学区"では冠水の恐れ。避難できない場合は二階に!」

警報などの災害情報のエリアの単位が「区」とか「町」ではなく「学区」。避難所の設置単位も。これ、京都人だけが分かる?住所登録などのときにも出て来ない「影の住所」です。

外来者が「○○学区に避難指示が出てますよ!」って言われても、それが何処なのか分かりません。「知らなくて逃げ遅れたあんたが悪い!」って感じ。

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この京都の学区。wikiによると「明治の初めに日本で最初に創設された64校の番組小学校が起源」なんだとか。

そして、その「学区」と言う単位が、今でも先の災害情報とかごみの収集エリアとか市民のイベントとかに京都人なら分かる"暗黙知"として使われてるってことです。

転入して来た時に役所の人を初め誰も教えてくれなかった"闇"の行政単位。そんなのが存在する京都。面白いでしょ?

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更に面白いのは、その成り立ちが複数の「町」が集まって「学区」になったってこと。それで何が起こったか?笑えますよ。

それは「番地」。町が集まって学区が出来た後に「番地」を振ることになりました。そのとき京都人としては何の違和感も無く「町」の単位ではなく「学区」の単位で番地を振りました。

だから、いわゆる「一番地」は学区の中で一つだけ。同じ学区の中でも他の町には一番地は有りません。逆に300番地で始まって330番地で終わる町とか。面白いですねえ。

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さて、ここで住所表記の話に戻って、「学区」単位で番地が振られてると言うことは、住所表記の方法として例えば「中京区"初音学区"26番地」と書けばそれがどこか特定出来ます。

町名も要らないし、長ったらしい「○○通り上る下がる」も要らない。影の住所である「学区」を陽の当たる住所にしてあげれば良いだけ。

でもそうはしなかった。なぜか町名と長ったらしい「○○通り上る下がる」という表記の方を選択した京都人。「学区」よりも「町」を選んだ。でも「学区」は生きている。ふむふむ、深いです。

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